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銀塩日和

フィルム写真と冒険。そしてSDM生活。

ラヂヲのある生活はヨイ

銀塩 (フィルムカメラ) 思ったこと・妄言 PENTAX MZ-5

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どうも僕です。
今に始まったことではないのですが、最近ラジオを聴いています。
そりゃあもう、これでもかってくらい聴いています。


地上波だったり、デジタルだったり、ネットのアーカイブだったりPodcastだったり。
お気に入りの番組を見つけるまではなかなか戸惑いましたが、一旦「コレ楽しい」を見つけてしまうと後はずるずると聴いてしまうのです。

中毒性がありますよね。
他のメディアと比べても。

 


そして、僕の情報のインプットの仕方をラジオを聴き始めるbefore/afterで比べると、使っている身体の機能が違っていておもしろいな、なんて思うんです。
生活にラジオが浸透するラジオbeforeの時なんて9割方液晶ディスプレイを通して情報をむさぼってましたから。
後は本を読むかどうかですからね、人と会って話す~とか、イベントに行ってみる~、とか外をぶらつく~、みたいなこと以外で言うなら、とにかく"情報は目から入れるもの!"みたいになっていた気がします。
情報のインプットは視覚を使え!みたいな。

それがね、悪いとかでは決してないです。
でもむしろラジオがその幅を広げてくれた感があるのですよ。

ラジオなんて耳がフリーだったらいつでも聴けるんですから。
普段から耳ってそんなに集中して使っていないんですよね。
あ、いや音楽を全力で聴いているときとか楽器を弾いているときなんかは別ですよ?家でボーっと洗濯物たたんでいるときとか、夕飯の支度をしているときとかって耳が空いてるじゃないですか。
なんかそれってもったいないなって。
で、その状態にラジオってやつは本当によくマッチするんです。
洗濯物をたたみながらPCからネットラジオを流したり、外を軽く散歩しながらPodcastを聞いたり。
ラジオafterの生活だと「~ながら」で情報をインプットできるんですね。

もちろんそのとき以外は本を読んだりも出来るわけですから単純に"視覚+聴覚"使えてるなぁって。うん、何か充実感笑
これは情報のインプットも効率的に出来ているんじゃないでしょうかね。



それにしても、一受け手として感じているのですが、目で記事を読むよりも、耳でラジオを聴く方がリピート回数が多い気がするんです。
たとえば、僕がPCで聴いているネットラジオで言うなら、その番組は各週更新なので最新の回を次の更新までに3~4回ほど聴くことになるわけです。
だって夜寝る時に流したまま寝たり、通勤時にも聞いたりするわけですからね。

そうやって何回も同じ回を聞いていると、好きな掛け合いのシーンができたり、たまには聴きたい場面ができたりとするわけです。

いつも目にしてるwebの記事ってなかなかそうはいかないんじゃないですかね。読んだら次へ、読んだら次へだから。

 

それってラジオの特性としてコンテンツの消化速度が固定されているからなのかな。

 

何度も聞きなおしていると、自分のお気に入りのものがどんどん増えているようでなかなかにヨイです。

ラジヲ楽しい。

 

 

浅沼晋太郎と鷲崎健の「思春期が終わりません」神戸編

浅沼晋太郎と鷲崎健の「思春期が終わりません」神戸編

 

 

 

こちらからは以上でーす!

 

 

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