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銀塩日和

フィルム写真と冒険。そしてSDM生活。

2016年だけどペンタックス最後のフィルムカメラ*istを愛でる

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同じくフィルム時代の銘レンズ77mm limitedをつけて。これめちゃくちゃ美しいなおい。

 

 

どうも、僕です。

たまに「自分は本当に何をやっているんだろう?」と心配になることがある。ついさっきまで周りが見えなくなるくらいに熱を持って没入していたのに、急に視界が開けて広い世界の喧騒の中でぽつんと立ち尽くしているような感覚を覚えるのだ。視界の外で順番待ちをしていた不安や焦燥感がようやく出番か、やれやれと立ちすくむ僕の肩をたたきに来る様な感覚だ。今だってそう。何に夢中だったかは最早覚えてはいないけれど、急に冷静になって自分を客観視したらやたら小さな一眼レフを両手で大事そうに抱えていた。PENTAX *ist(イスト)というカメラだった。

 

なんだ、いつもの病気(物欲)じゃないか。

 

そんなわけで、ひょんなことから*istというカメラを手に入れてしまった。かの旭光学ことペンタックスの名を冠した最後のフィルム一眼レフだ。仰々しく書いたが、ジャンクで買った。600円だった。

 

 

最後でレアな残念さ

ずっと触ってみたかったとは思っていたが、今になってようやくこの子を手にしたのは特に複雑な理由があるわけじゃない。これまでほとんど見つからなかったからだ。

 

 そう、このカメラは「最後」「デジタルカメラの素体になった」「特殊なネーミング」「一新されたデザイン」などなど男の子にとっての浪漫が所狭しと詰った境遇で生まれたにも関わらず、ものっ凄く数が少ない。当時そこまで数が出なかったのかどうなのか。。。

 

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流石に最後のフィルムカメラなだけあって背面はほぼデジカメに近い。このあたりの技術の流れも見ていて楽しい。

 

 

まぁ思いつく要素はある。一つはその当時の時代。フィルムからデジタルへの切替時期であったために、未来の無いフィルムカメラをわざわざ高いお金を払って買う人がどこまでいたか。。。まぁ少なかったろうね。二つ目はその...なんというか信頼感というか...有り体に言ってしまうと安っぽいんだよね笑

 実はコイツの不満は実は挙げるとキリが無くて、外装だけでなく内部までできる限り樹脂で作られたボディは全体的にぺらっぺらで高級感はなかなか感じられないし、きっと小型軽量!を目指したんだろうけどその行き過ぎた結果としてペンタックスブランドの命ともいえるペンタプリズムは小型のペンタミラーにとって変わられてしまったせいで、フィルムカメラとしてはファインダーが非常に狭いなどなど。。。フィルムカメラ事業の有終の美を飾る機種がコイツでいいんか、マジか、と思わざるを得なかったりする。

 

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銀色って良いなぁ。格好良いなぁ。

 

それでもずっと僕が惹かれていたのはその常軌を逸した小型化から来るデザインの美しさのために他ならない。だって格好いいじゃん。シルバーで超格好良いじゃん。limitedレンズ似合うじゃん。当時、AFフィルム一眼レフとして世界最小だったらしいけど、それでも深くえぐられたグリップのおかげで全く握りづらいとかは無くて、むしろ手に吸い付くようなフィーリングも素晴らしい。そもそもこのブログをご覧になっていた方は分かると思うのだけど、「駄目なものほど萌える」タイプの人間である僕は2016年におけるこの*istの珍妙な駄目さが最高にそそるのだ。

 

現像はまだ終わっていないので早くこのカメラが吐き出した画を眺めてみたいものです本当。

 

広大なインターネットにもあまり情報は無い

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外見がはっきりと分かる情報は意外とインターネットに転がっていなくて焦る。焦るから晒す。

 

しかしまぁこの*istというカメラ、web上には情報が本当に少ない。草薙素子ネットは広大だわ...なんて言っていたけど、広大なネットのどこを探してもこんなに情報が無いか。一応メーカーとしての最後のフィルムカメラだぞ。

まぁいないかも知れないが、運よく*istにめぐり合った人が迷ったときにこの記事を見てああいいなぁなんて思ってくれたらそれは割りといいのかななんて思ったりする。

 

 

当然、今この時代にist*なんていうドマイナーな機械で遊んでいる自分カコイイ!もあるだろう。それでも、モノ自体のよさのおかげで、触れて使っている感動の方が大きいのはありがたい。

 

 

 

K-1をこの前手に入れたじゃないか

 

ていうか、先日念願のK-1を手にして毎日えっちらおっちら親交を深めているのに、何を浮気しているのかとも一瞬思ったのだけど、どうやらフルサイズであろうと同じ一眼レフであろうとフィルムカメラデジタルカメラは僕の中では競合しないらしい。

 

ino-null.hatenablog.com

思うのだけど、使用目的も使用感もなんとなくそれぞれ住み分けられているのだ。依頼をされたり、自分でそう決めたりしてしっかりと撮らなければいけないときは必然デジタルになるし、その様な撮影もなかなか楽しい。頭をフル回転させるし、その結果のアイデアがいい結果に結びついたらそれは最高じゃないか。ようやっとフィーリングをつかみ始めたK-1はそういう使い方をしている。

じゃあフィルムはいつ持ち出すのかというと、空っぽの時だ。アイデアはあるかも知れないけど具体化できない、若しくはなんとなく身体に斜めがけしておいて家を出たい、そんな気分のときに偶然性から生まれるインスピレーションに全身を預けようとして持ち出すのがいい。今となってはなかなか待たされるオートフォーカスも、一回一回のフィルム巻上げも、思考や感情が視界に追いつくスピードにちょうど合うんじゃないだろうか。

 

そういえば、どこぞやの掲示板に「スローなフォトライフ」なんてフレーズが書かれていたのを思い出した。

 

なんとなく鼻で笑っていたフレーズだけど、僕がやっているのは正しくそれじゃないか。